「婚活で成功したいなら、ワシの教えを実践してもらおう!まずは……」
第一の教え 街の酔っ払いに水をあげよう
ボクは婚活で成功するために、道端で寝ていた酔っ払いに水をさしだした。
「大丈夫ですか?」
近くの自動販売機で、僕のお金で買った水だ。
「うぅあ?あぁ……どうもぉですぅ」
大学生風の酔っ払いは呂律の回らない声で、すこし驚きつつも水を受け取った。
キャップを開けると、うまそうにゴクゴクと飲み干した。
本当にこんな事をして、婚活の成功につながるのだろうか?
僕は半信半疑……と言うか、1信99疑の気持ちだった。
「お兄さん……なんで俺に水なんてくれるんだ?」
「知らん。僕が知りたいくらいだ」
これも全部、あの怪しい「婚活AI」とやらのせいだ……
★★★
あの後、僕は酔っ払いをタクシー乗り場まで送り届けてから帰宅した。
泥酔して足元もおぼつかない様子だったが、別れ際に何度も「ありがとう……!」と言ってくれたのが印象的だった。
人助けもたまには悪くないか……
そんなことを考えながら、自宅のワンルームアパートに帰宅した。
都心から電車で30分ほどの距離だ。
玄関のドアを開ける。
「ただいまー」
一人暮らしなので無意味な挨拶だが、何となく習慣で続けてしまっている。
いや、先日までは無意味だったのだが……
「おぉ、遅かったやないかい。何しとったんや待ちくたびれたで」
暗い部屋の中から、中年男性の声が聞こえてきた。
といっても同居人ではなく、イルカのぬいぐるみに内蔵されたスピーカーから発されている声だ。
「うるさいな……疲れてるんだから音量下げて喋ってくれよ」
「なんやと!? わしゃ世界最高の婚活アドバイザーAIイルカ『あるふぁ君』ぞ?もうちょっと敬意をもって接してもらわんと困るわ」
この自称“世界最高の婚活アドバイザーAI”を搭載したイルカのぬいぐるみとの奇妙な共同生活が始まって一週間になろうとしている。
つい先日、ひょんなことからこの「婚活イルカ」を手に入れることになった。
婚活がうまくいかないまま32歳になった僕は、何を血迷ったかこの「イルカ型AI」に頼ることにしたのだ。
溺れる者は藁にもすがるとはこのことだ。
★★★
3
「今日はあんたの言う通り、街で酔っ払いを助けてきたよ」
「おっ!早速ワシの教えを実践したんか。見込みある若者やで。」
そう、この婚活イルカあるふぁ君の「イルカ流!成婚マインド超養成プログラム 究極の教え」の二つ目が「街の酔っ払いを助ける」だったのだ。
胡散臭い事この上ないネーミングだったが、とりあえず従ってみることにしている。
酔っ払いを助けることが婚活とどう関係があるのかは全くわからなかったが……
このイルカは妙に口が達者で丸め込まれてしまい、しぶしぶ実践してきたという訳だ。
「で、どうやった?」
「どうって言われても……」
僕は今日の出来事を思い出していた。
「勝手に飲んで勝手に潰れたバカのためになんで僕が水を買ってやらなきゃならないのか……と思ったんですけど、最後タクシー乗り場に送り届けた時に『ありがとう』って言ってくれて、何かちょっといい気分になりました」
「おお!ジブン見込みあるやん!良い気付きを得てるで」
★★★
4
「でもこれと婚活に何の関係があるんですか?」
「良い質問や!」
婚活イルカはぴょんと飛び跳ねながら言った。
どうやらこのぬいぐるみにはモーターも内蔵されているようだ。
「逆に聞くけど……ワシが最初に『婚活が成功する奥義がある』って言って、アンタが『是非教えてください!!!』って言った時、どんなのを想像した?」
「どんなのって……」
「大方こんなもんやろ『モテる髪形!ファッション!』とか『女性を口説く最強会話術!』とか『絶対外さないデートプラン!』みたいな感じやないか?」
「うっ……」
「図星か。確かにそういう『ガワ』も大事や。外見と印象が良くなかったら何にも始まらんからな。でもな……それだけじゃ結婚はでけへんねん」
「そうなんですか?」
「そや。恋愛とかセックスがしたいんやったらそれでもええねんけど、『結婚』となるとそれだけじゃ足らんねん。アンタの内面を変えんことには話が始まらんねん」
「でも、モテなかったらそれこそ何も始まらないのでは?」
「ええとこを突っ込むな。確かにそれも一理あんねん」
珍しくイルカに褒められた。
「でもな……外見とか喋り方は短期間で改造することも可能なんやけど、内面はそないにすぐには変えられんのよ。人間、考え方を変えるのは容易やないで」
「それは確かに……」
何十年と生きる中で染みついた考え方を変えるのが難しいというのは僕でも納得できた。
「せやからな、婚活イルカあるふぁくんの婚活奥義には『技術編』と『マインド編』があるんやけど、本気の奴には『マインド編』から教えてんねん。」
「そうだったんですね」
「そや。ただセックスフレンドが欲しいとか、デートする彼女が欲しいとかやったら「技術編」だけでそこそこ結果は出るんやけど、本気で結婚したい奴には『マインド編』から教えとる。これが婚活イルカあるふぁ君の流儀や」
納得できるような出来ないような……
このイルカは口がうまいので、何となく筋が通っているような気にされてしまう。
でも一つ疑問があった
★★★
「でもなんであるふぁ君は、僕が結婚したがっているってわかったんですか?」
「そりゃアンタ、結婚相談所に登録しとったやろがい」
「な……知ってたんですか?」
「そりゃそうや。ワシを誰やと思っとったんや。世界最強の婚活AIイルカあるふぁ君やぞ」
「通信傍受の疑いで警察に通報しますね」
「待て待て待て待て!!!!!それだけはやめんかーーーい!!!」
珍しく婚活イルカがうろたえている。どうやらコイツの弱みを握ることに成功したようだ。
「それじゃ……通報しない代わりに教えてください。なんで酔っ払いを助けることが婚活につながるんですか? 正直、アンタが適当な事言って僕を騙しているようにしか思えません」
僕は最大の疑問をぶつけてみた。
「な……!!!ワシの『婚活奥義十か条』最大の秘密である『その2 街の酔っ払いを助けよ』を信じられんのか!?」
「信じられませんよ。そもそも『その1 コンビニの募金箱におつりを寄附しろ』だって何の意味があるのか全く分かりませんでしたよ」
「アンタ……信じられん位センスがないな。ワシの奥義を理解出来んとは……。まぁしゃあない。特別に教えたる。その代わり、サイバー犯罪課への通報は堪忍しておくれなす……」
サイバー犯罪課への通報はよっぽど怖いようだ。
「そもそも、結婚で一番大事なことは何だと思う」
「結婚ですか?」
「そや。誰もからも『結婚したい』とは言いよれど、結婚で何が大事なのかをわかっとるんかっちゅう話やな」
「結婚で大事なことは……」
たしかに改めて考えたことも無かった
「愛、ですかね?」
「おっ、近い所まで行くやん。でもぼんやりしとるな。ほんなら愛とはなんや?」
「愛とは……?好きな気持ちでは?」
「ほほう。そんならアンタは近所のラーメン屋が好きやけど、それはラーメン屋を愛していることになるんか?」
「いや、愛しているとまでは……」
「ほんならその違いはなんやねん。ラーメン好きとラーメンを愛している人の差は何や」
「好きの度合いじゃないですか? 好きが大好きになると、愛に変わるのでは」
「ハァ……そんな事やろうと思ったわ」
アルファくんは、わざわざ内蔵モーターを動かしてまで肩を落とすジェスチャーを取った。
「違うって言うんですか?
「全然違うわ。0点の回答や」
「そこまで言うなら……愛って何なんですか」
「愛とは何か。古来色んな哲学者・思想家が色んな事を言ってるけど、ワシは極論するとこの一言で表せると思っとる」
「何ですか?」
「好きはテイク。愛はギブ。や」
「テイクとギブ?」
「受け取ると与えると言い換えてもええで。何かを受け取れる対象が『好き』で、何かを与えたくなる対象が『愛』や」
分かるような分からんような……?
「間抜け面しとるから具体例を出しとくわ。例えば野原に綺麗な花が咲いてたとするやろ?それを摘んで持って帰って花瓶に刺して飾るのが『好き』や。花が好きだから、飾って家を華やかにしたいんやな。一方で、毎日その花が咲いてる場所に通って水をやったり害虫から守ったりするのが『愛』や。」
少しだけ分かったような……?
「ラーメン屋はラーメンを出してくれるから好きなんであって、ラーメンを出してくれなかったら好きではない。だから愛じゃない。みたいな事ですか?」
「おっ!なかなか理解力あるやん。」
また褒められた。
「でも言葉でどんだけ言うたかて心から理解は無理や。そんな簡単なもんやない。だからこその『婚活奥義』や。十か条のトレーニングを実行すれば、自然と理解できるようになるで」
なるほど。そういう事だったのか。しかし……
「あるふぁ君の目的は少しだけ分かりましたけど、それと酔っ払いを助けることが関連するんですか?」
「チッ……忘れてへんかったか」
「忘れませんよ!ちゃんと説明してください。」
「しゃあないなぁ……酔っ払いを助けるのはな、愛を注ぐトレーニングやねん」
「愛想注ぐ?酔っ払いにですか?」
「せや。愛ってのはな、本来見返りを期待しないもんなんや。『無償の愛』とか言うやん? それや。親が子を愛するとき、子供がからお礼の言葉とか、お返しにおごってくれるとか期待しないやん?」
「まぁ確かに……親子の愛は、見返りを期待してないですね」
「男女の愛も一緒やな。相手からの見返りなんて期待せず、相手のために何かをしてあげたい。この気持ちが『愛』や。どや?アンタには理解出来んやろ」
実際理解できなかったが、そういわれるとムッと来る。
「それも仕方ないんや。現代人は損得勘定に慣れすぎてる。見返りを期待せず何かを与える喜びを忘れてしもてる。だからな、強制的に思い出させる必要があるんや」
「強制的に思い出させる?」
「そや。そのためのトレーニングが、酔っ払いを助けることなんや」
段々と話がつながってきたぞ。
「つまり……無理やり酔っ払いを愛させられたと?」
「その通り!!兄さん勘が良いなぁ。酔っ払いに水を上げるとき、何か見返りを期待したか?その酔っ払いが後日お礼を言いに来てくれるか?鶴の恩返しみたいに家を訪ねてくれるか?」
絶対にない。
「なーんの見返りもないのに助けた。これは立派な愛やで。愛」
俺は今日、酔っ払いの大学生のお兄さんを愛してしまったのか。
「で、どやった? ありがとうって言ってもらえて、ちょっといい気分になったんやろ」
「まぁ確かに……」
「意外と悪くないかもと思えたんなら上出来や。アンタは人を愛する素質があるで。ほんじゃ次の教えに行ってみよか」
「次は何なんですか?」
「次はな『街角のストリートミュージシャンにお金を入れてみよ』や。どや?簡単やろ?」